昔も今も歩き回る石仏たち 街道の街、軽井沢の馬頭観音    No.5129 コーヒードリッパー

0

    馬頭観音

    お地蔵様が夜中に歩き回って人々を助ける話はいろいろあります。写真の石仏たちの多くは馬頭観音ですので、勝手に歩き回る伝説は聞きませんが、人の手であちこち移動させられてきました。石器時代から黒曜石の交易ルートであった軽井沢は、古墳時代の古東山道、律令国家以後の東山道、江戸時代の中山道や草津街道、北国街道、女街道など、常に軽井沢は交通の要衝でした。人々は徒歩や馬を利用して旅をしたり荷物を運んだり。佐久地方は古代から馬の生産地でもあり、軽井沢にも牧場に由来する地名が残っています。

     

    馬は農耕のためだけではなく、高冷地で米があまり取れなかった軽井沢では、人や荷物を運んで貴重な現金収入を産んでいました。馬の道中安全を祈ったり、死んだ馬を供養する馬頭観音が多く作られ、街道筋や集落に点在していたのでしょう。明治以降、交通手段の変化に伴い、道幅が拡張されたりルートが変更されると、道端の石仏たちも移動することになります。散逸を防ぎ、手入れしやすいように1箇所に集められることがあり、町内数カ所で左の写真のような石仏群が見られます。舟形の光背に半身だけの浮き彫りや自然石に文字だけの馬頭観音が多い中で、右のちょっと別格と言えるものは2mほどの3面、全身像です。伊那地方の石工によるもので作られた由来も掘られています。もともとは碓氷峠の麓にある軽井沢宿の北の端、二手橋付近にあったものが、3km以上離れた離れ山地区に保存され、最近軽井沢宿の南の端、旧軽井沢ロータリーに移動しました。仏さんたちも人間の都合で移動させられる時代ですが、ともかくも残されて人々の営みを見守ることができ、歩き回るのも良しとしているでしょう。

     

    5129コーヒードリッパー

    このコーヒー・ドリッパーは現在、馬頭観音が移ってきた旧軽ロータリーにあるDark Eyesで展示販売されています。もちろん、夜中に歩き回って移動した訳ではありません。高さは約1cm。釣り台の底板の直径は13.3cm。カリタの2〜4カップ用紙フィルターに合わせて作ってあります。

    No.5129 コーヒードリッパー   全重491g             税込価格 ¥44,000

     

    JUGEMテーマ:アート・デザイン


    コメント
    コメントする








       

    Profile

    Calender

    S M T W T F S
      12345
    6789101112
    13141516171819
    20212223242526
    27282930   
    << September 2020 >>

    Recent Entry

    Category

    Archives

    Comment

    • 春の雪は湿っぽくて重たい  No.4816,4817 酒器 大小
      ひろ
    • 春の雪にまだ硬く防寒態勢のオオヤマザクラの花芽 No.4808,09 銀流し銅酒器 小大
      ひろ
    • 銅蓋につく真鍮のつまみ/工程と形について  The brass knob of copper pot lid / About the shape and the production process.
      あい
    • 夏2題 台風一過の夕空と高原のアサギマダラ
      noriko hashimoto
    • No.4030方形鍋とNo.4004卓上炉
      寺山
    • No.4030方形鍋とNo.4004卓上炉
      大阪のoyaji様

    Links

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM